組織における交換記憶とコミュニケーションのコツ




積読だった「急に売れ始めるにはワケがある」を読み終わりました。
ティッピング・ポイントを超えるための3つの原則(少数者の法則、粘りの要素、背景の力)については色んなところでも紹介されているので置いておいて、それとは別に面白かった「交換記憶」の話について書いておきます。


交換記憶とは

著者の言葉を借りると、
「他人を通じて情報をたくわえている」(p252)
「暗黙の連合記憶システム」(p253)
です。


交換記憶を試す実験

カップルや親しい人同士では自然にこれを行っているそうですが、上の説明だけだとちょっとピンときません。具体的な例として紹介されているヴァージニア大学の心理学者、ダニエル・ウェグナーの実験について読むと納得がいきました。


この実験では、3カ月以上交際が続いている59組のカップルを対象としました。半分は元の組、半分は知らない人同士の組で、64の短文を読んでもらって覚えていることをすべて書き出してもらいました。その結果、互いに知っているペアの方が、互いに知らないペアよりかなり多くの項目を記憶できました。


人の記憶を活用

つまり、お互いに知っているペアだと役割分担をして、2人分の記憶を活用しているのです。これはかなり面白いなと思いました。組織にも応用でき、互いによく知っている組織だと、効率的に情報を記憶、処理できているというのが主な論点です。ウェグナー氏の言葉を借りると、「効率性の高い制度的な交換記憶」(p255)を活用できるのです。


なぜ、効率が高くなるかというと、ウェグナー氏は次のように述べています。

「それぞれの人員がある特定の仕事や事柄に関して集団から認知された責任を負っている場合、効率性が高まるのは当然だ」
「それぞれの分野を処理能力のある少数の人々に任せておけば、その分野の責任にも、そのつど担当者を指名するより持続性が出てくるのです」p255



つまり、それぞれのメンバーが専門性と責任を持って自分の分野に対処していく。どの話を誰に任せればいいか明確になっているので物事の処理速度が速いということでしょう。さらに、このように専門性と責任を明確化することで、新しい情報が入ってくる度、物事を処理する度にさらに専門性を高め、効率性を増すことができます。


これについては、家族の例も分かりやすかったです。家族の中で息子がコンピューターに一番詳しいというケースはあると思います(私のうちもそうです)が、別に息子が最初から専門家だったわけではありません。最初は親よりちょっと詳しい程度だったでしょう。ただ、相対的に詳しいことにより、新しい情報が入ってくるとその息子が処理していくことになります。例えば、最初はインターネットへのつなぎ方程度しか知らなかったのが、クラウドサービスの活用方法などにも習熟していくことはあるでしょう。こうしてどんどん専門性を高めていくことになるのです。


企業組織における交換記憶

では、実際に組織ではどのように交換記憶が活用されているのでしょうか。その例として、ゴア・アソシエイツ社が紹介されています。ゴア・アソシエイツ社は、年商10億ドル(著作時点)に達する株式非公開のハイテク企業です。防水繊維のゴアテックスやコンピューター・ケーブル用の特殊絶縁皮膜などの製品を製造しています。


古参のアソシエイトのジム・バックリー氏の言葉が面白いです。

「それはただ誰かを知るということではないのです。相手がどんな技術と能力と情熱を持っているかを十分によく知るということなのです。何が好きで、何をしていて、何を望んでいて、何が本当に得意なのか、そういうことです。あいつはいいやつだ、というようなことではありません」p256



また、著者も次のように述べています。

「どんな会社でもこれほど緊密な人間関係が必要だというわけでもないだろう。しかし、ゴアのように、技術革新の能力と気難しい先端の消費者への迅速な対応によって市場で優位に立とうとするハイテク企業では、この種の組織ぐるみの記憶システムはきわめて重要なものだ。それがこの会社をすばらしく効率的にしているのだ。
 つまり、共同作業をより容易にしているということだ。物事を仕上げたり、作業班を集めたり、問題の答えを探ったりするときに速やかに動けるということだ。会社のある部門にいる人がまったく異なる部門の印象や専門知識を簡単に知ることができるということだ。」(p256)



こうした仕組みは、特に変化が速いハイテクやITの業界で生きてくると思います。毎日のように新しい情報が入ってくる中で、それに対していちいち対応を議論していたら出遅れてしまいます。これは誰に任せる、それは誰に任せるというのがある程度決まっている方が動きもとりやすいでしょう。


逆に、変化が少ない業界であれば、記憶しておくべき情報は決まってくるので交換記憶を活用する必要はなく、個人レベルの記憶で対処可能な範囲が多いでしょう。ですから、変化の激しいIT業界にはうってつけの概念なのではないかとも思いました。


交換記憶は分かった、でもそんな組織わけわからんくない?

この話だけ聞くと、確かに良さそうだなと思いますが、裏を返すとかなり属人的な仕事のやり方になるということです。しかも、お互いによく知りあうためには無駄な組織階層を省いて、フラットに付き合えるようにしたり、情報をできるだけ流通させるようにする必要があります。


少ない人数ならまだしも、一定規模以上の組織では難しくないのでしょうか。実際、ゴア・アソシエイツのアソシエイトのバート・チェイス氏も、次のように述べています。

「こういう話をしたら、すぐに帰ってくるのが、"ずいぶん混沌とした会社だな。上下関係もなくて、いったいどうするんだい?"という反応です。」(p257)



しかし、チェイス氏は、こうも続けます。

「でも、混沌ではない。問題はないんですよ。」
「ここで働いていないと、わかりにくいかもしれない。人の長所を理解すれば得になるということなんですよ。要は、どこに行けば一番いい助言が得られるか、それを知ることなんです。人を知っていれば、それができるんですよ」(p257)



確かにこうした組織づくりをすることで、一見混沌に見える部分はあるでしょう。情報が整理されていない部分も出てくるはずです。


この人に聞け!という組織づくりでうまくいく?

実は、私が働いているZOHOの開発センターもまったく同じような雰囲気です。1,000人前後のエンジニアが働いていますが典型的なのが組織図がないことです。


これは何かお客さんとプロジェクトをやる時にいつも聞かれるのですが、説明に苦労します。誰も全体像を把握していません。CEOですら、チーム数は大体の数で答えます。常にチームの数自体も増えたり減ったりしていますし、メンバーも入れ替わったりしているので、ある時点で把握したとしてもすぐに変わってしまうのであまり覚える意味がないのです。


このことと、誰に何を聞けば良いか分かるようにするというのは矛盾しているように聞こえるかもしれません。私も、最初は、組織図もないし、チームごとの座席図すらなくゴチャゴチャしているので、何か情報が必要な時にまずどこに行けば良いのかすらわかりませんでした。最初は、組織図がもっとちゃんとまとまってたら良いのになーと思ってました。でも、そうではないんです。


組織図から探すという概念を捨てて、誰か人に聞けば良いんです。というか、人に聞くしかないんですが(^ ^;)
聞いてしまえば、誰に聞いても、
「それなら○○に聞くと良いよ」「○○がよく知ってるよ」
といった回答が返ってきます。聞いた人が良く知らなくても、次に誰に聞けば良いかはわかり、それをたどっていくと、最終的には詳しい人に行きつけるのです。


また、ここがすごいと思うのですが、誰にいつ何を聞いても親切に答えてくれるのです。もちろん、忙しそうな時はありますが、笑顔で1分待ってと言われ(まあ大体その後10分くらい待つわけですが)、待った後はかなり懇切丁寧に教えてくれるのです。人に任せ、その人に聞く、また、自分も自分の専門については聞かれるという、聞く、聞かれるというコミュニケーションが当たり前のものとして浸透していることを感じます。


属人的に任せていくやり方と、組織図をしっかり描いて部門単位で責任を割り振っていくやり方と、どちらが良いというものでもないのかもしれません。ただ、属人的に任せるやり方はうまくいかなそうなイメージがありますが、少なくともZOHOやゴア・アソシエイツのような会社ではうまく回っているのです。というか、むしろ成功していると言ってよいでしょう。もちろん、どちらのやり方がうまくいくかは組織によるとは思います。


属人的な組織におけるコミュニケーションのコツ

そんなわけで、こうした組織においては、誰に聞くのが良いのかを把握するのが一番大事です。これが開発センターとのコミュニケーションのコツの第一です。この本でも、交換記憶が成立するための心理的前提として次のように述べられています。

「相手が何を知っているかを十分知ること」p256
「相手の専門知識を信頼できるまで相手を知りつくすこと」p256



コミュニケーションをとって、一旦信頼関係を築けると、その後の仕事の進みが劇的にスムーズになります。逆に、組織体組織という考え方で、メールベースで無機質に依頼事項だけを投げていてもうまく進みません(往々にして無視されますorz)。


このあたりで体感しているコツと、交換記憶について述べられているところの話が重なって非常に面白かったのでした。でも、このコツやスキルって、うちやゴアのような会社じゃないと活用しづらいのかなー、ポータブルなスキルではないのかなーとも思ったりして、どうしよっかなーと思いつつ、ま、とりあえず今は今の組織でしっかりコミュニケーションとっていけばいっかと思っている今日この頃です。