ミッションを取り戻すことの大変さと大切さ、仕事の意義付けの重要性(「9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの12の教え方」より)




ディズニーの人材育成の考え方と仕組みについての本。ほとんどは、アルバイトや新入社員など比較的経験の浅いメンバーに対する指導や育成の方法について。目次もこんな感じです。

  • 育てる前に教える側の「足場」を固める
  • 後輩との信頼関係を築く
  • 後輩のコミュニケーション能力を高める
  • 後輩のモチベーションを高める
  • 後輩の自立心・主体性を育てる


内容は、教育という観点からはそんなに目新しいことは多くはないと思いますが、改めて大事なポイントを認識するのに役立ちます。それらのことをきっちりやっているのがすごいんだと思います。


自分が大事だと思ったポイントはあらかたこちら(ゆきらん|「9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの12の教え方」)にまとまっていますので割愛し、特に印象に残ったエピソードを2つメモしておきたいと思います。


1つはミッション、もう1つは仕事の重要性に関するエピソードですが、両方とも、その仕事を行う本人による仕事の意義付けという点では共通しています。以下、それぞれのエピソードについてです。

「間違った考えに染まった後輩を変える!」

まず1つ目のエピソードは、本来のミッションが忘れられていた場合の例として挙げられています。具体的には、著者が、ジャングルクルーズからカヌー探検というアトラクションに責任者として赴任した時のエピソードです。本来のミッションが失われている職場で、ミッションに対する意識をどう取り戻していったかという過程が描かれています。

異動前と異動後の職場

ジャングルクルーズの職場
上下関係は同じように厳しいものの、ゲストに楽しく笑ってもらうナレーションを競い合ったりしていた。
ゲストにハピネスを提供するというミッションにしたがって全員が役割をこなす。


カヌー探検の職場
ゲストにハピネスを提供するというミッションがあまり感じられず。
「カヌーを漕ぐ」こと自体が目標となっている様子。

ミッションが見失われていく過程

著者は、カヌー探検の職場でカヌーを漕ぐことが強く意識されるようになった理由について次のように考察しています。


カヌー探検の仕事は、たいへんきつい仕事で、自然条件が悪くても運営を中止しない
仕事のつらさに耐えきれず、せっかく仕事を覚えても長く続かないキャストが多かった
そこで、前の責任者が「体を鍛えるつもりでカヌーを漕ごう」とキャストを励ました

キャストが「そうか、そう思って仕事をすればよいのか」と考えた
そこにつらい仕事を克服する道を見出した

次第に、「カヌーを漕ぐ」ことが自分たちのミッションとしてキャストの心に強く刻まれた

カヌー探検のゲストは「カヌーを漕ぐ」ことを楽しむためにやってきたのだと思い込むようになった


こうして風土ができあがっていたところに著者が赴任してきたのですが、配属されて数カ月たった頃に大きな事件が起きました。ゲストからのクレームです。


ある日、親御さんと子供のグループがカヌー探検に参加

多くの子供が、カヌーを漕ぐよりも川の水面をピチャピチャたたくことに夢中に

それを見たキャストは、最初は「みなさん、漕ぎましょうね」とやさしく声をかける

しかし、子供たちはいっこうに言うことを聞かず

だんだんきつい調子

最後には、キャスト用の長いパドルで、パチャーンと水面を強くたたく行動

ゲストにとってはショッキングな出来事で会社にクレーム


これを受け、著者は、キャストの意識改革を決意しました。しかし、すぐに成果は出ず。1度できあがった風土を変えるのは容易ではありませんでした。


キャストは50人いましたが、当初は50対1のようにとらえていたそうです。50人の中には、賛同してくれる人もいたかもしれませんが、先輩の前ではそれを公にはしづらいこともあり、50人全員から嫌われているのではないかと疑心暗鬼になっていました。孤独を感じ、胃潰瘍にもなり、辞めようとも思ったそうです。しかし、「自分は間違っていない」という信念で続けたのです。


ここで大事なのはどのように訴えていったかという点です。
既存のキャストに対して
繰り返しメッセージを伝える。
一方的に訴えても絶対に受け入れられないので、自分たちで考えてもらう。
「ほんとうに大事なものは、いったい何か、自分で考えてみてほしい」と口癖のように繰り返す。
時には飲みに誘って大激論。


新しく入ってきたキャストに対して
ミッションをもとにした考え方を教え込む。
「すべてのゲストにハピネスを提供する」
「カヌーをとおして、ゲストに楽しんでもらうことが、私たちの仕事なんだよ」
と徹底的に教え込む。
最初は自分のみがトレーナーを行い、後でもそういう気持ちを持っているキャストにしかトレーナーを任せず。


こうした努力が実を結び、賛同者も少しずつ増え、1年くらいかかって職場全体の意識をひとつになっていきました。ただ、中にはどうしても賛同できない人はいました(異動や退職せざるを得ないキャストも何人かいたそうです)。しかし、ほとんど全員のキャストが伝えてきたことを受け入れてくれる状態ができあがりました。


この過程を経ての著者の
「人間って変わるものなんだ」
という実感をこめた言葉が印象に残りました。


著者はこう結んでいます。

「たったひとつの職場でも、ミッションや方向性を間違えると、会社全体を窮地に追い込んでしまいかねません。
 現に、ひとつの職場が本来のミッションから遠く離れて、効率を重視したあまり、顧客の信頼を損ね、結果的に会社が倒産に追い込まれたようなケースがたくさんあります。」(p115)



仕事に意味を見出すという点では、前任者も著者も一緒。しかし、選んだ言葉や伝えた内容がミッションから降りてきたものかどうかが異なっていました。前任者の言葉は、ゲストにハピネスを提供することからではなく、自分達にとっての意味から出発したものになっていました。


このため、ゲストが、自分達が重要視していた「カヌーを漕ぐ」ことから外れた行動をとった時に、ゲストのハピネスが忘れられてしまったのではないでしょうか。「ゲストにハピネスを提供する」ということから出発していたら、水を叩くことをそのまま楽しませるとか、楽しみを失わせない形でカヌーを漕ぐことに興味を持たせるとか(あんまり僕は良い方法思いつきませんが…)、別の手だてがとれたかもしれません。ただ、こうした失敗の経験を経て、良い方向に転換させていっているのがさすがだなと思いました。


「仕事の重要性を認識させる」

もう1つのエピソードは、カストーディアルの話です。カストーディアルとは、いわゆる清掃担当の職務のことです。1日中パークの清掃をする「きつい、きたない」の2K職場とみなされて、アルバイトの募集をしてもほとんど集まらず、オープンして数年間は最も不人気な職場だったそうです。


アルバイトに限らず、新入社員もカストーディアル課配属になると泣き出す始末。
「どうして、私が清掃をしなければいけないんですか。清掃を担当しているなんて、友達にも言えません」
とも言われていたそうです。さらに、父親から「娘に掃除をやらせる気か」というクレームもあったそうです(ただ、これはさすがに親が行き過ぎだと思いますが…)。


しかし、このカストーディアルが数年後には人気職種になるのです。変化の最も大きな力となったのは
「上司・先輩が、後輩たちにカストーディアルの重要性を繰り返し繰り返し伝えたこと」(p167)。


具体的には次のような言葉で、重要性を伝えていったそうです。

「カストーディアルというのは『清掃担当』という意味じゃないんだ。カストーディアルには『管理する』とか『保護する』という意味があるんだ。
 カストーディアルは、自由にパーク内を動きまわることができるでしょ。だから、当然、困っているゲストを見つける機会も多くなる。
 そういうとき、そのゲストに声をかけて、困っていることを解消してあげる大切な役割を担っているんだ。清掃だけじゃないんだよ。
 つまり、カストーディアルには、パークを清潔に管理する、ゲストを保護するという意味が込められているんだよ」(p167)



こうした言葉を受けて、後輩たちの気持ちが変わっていき、自分たちの仕事に誇りを持つようになりました。その他にも会社としてカストーディアルを重要視する姿勢を各所で表現しています。例えば、新人研修の1カ月をカストーディアル実習にあてているそうです。新入生社員もやるということは重要な仕事なんだなというメッセージをアルバイトに伝えることがねらいです。


さらに、アルバイト感謝デーでは、社長がカストーディアルを務めます。これも同じく、カストーディアルの仕事の重要性を伝えるメッセージとして働きます。カストーディアルの仕事を担ってくれているキャストに感謝していることがアルバイトに伝わるのです。


こうした取り組みにより、カストーディアルは人気職種になりました。意欲的に取り組むキャストが増えたことで、仕事の内容もさらにレベルアップしていっています。具体的には、落ち葉でミッキーマウスの顔を作ったり、ローラーブレードで清掃したりとショーアップ化が図られています。


やっている本人たちも見ている人も両方楽しめるような仕事になっています。これらの取り組みは、ほとんどアルバイトたちが考え出したそうです。メディアにも取り上げられ、カストーディアル人気をさらに高めることになり、良い方向での循環が回っています。


仕事の重要性を口でちょっと言っただけではなかなか浸透しません。こう書くと、当たり前のような気がしますが、これがなかなか自分もできていません。しつこいくらいに繰り返し繰り返し伝え、さらに、それを言葉だけでなく仕組みや行動で具体的に表現していくことをしてようやく浸透していくものだと思います。これを徹底しているのがすごいところなんじゃないでしょうか。


また、最初にも述べた様に、仕事の意義を仕事を行う本人がしっかり理解することの重要性と言う点は両方のエピソードで共通だと思います。ミッションからおりてきた仕事を、誇りを持って楽しんで取り組む。そうした意義付けをできるようにしていきたいです。


なお、先のカストーディアルの仕事について先輩たちが後輩に向けて伝えた言葉を見て、NASAの清掃担当の人の話を思い出しました。「ジョイ・オブ・ワーク―組織再生のマネジメント」という本に載っていた話です。廊下を掃除していた老人に「あなたの仕事はなんですか?」と質問したところ、ある老人は

「私たちの仕事は、この汚い廊下を毎日掃除することですよ。みんな汚く汚してしまうので、嫌になっちまいますよ」

と答えました。別の老人に質問したところ、

「私たちの仕事はね、人を金星に行かせることですよ」

と答えました(吉田耕作「ジョイ・オブ・ワーク―組織再生のマネジメント」p32より)。
似たような話でよく壁を作っている人の話も出されますが、このように、意義付け次第で同じことやってても全然違うもんだなーと改めて感じました。


エピソードについては以上ですが、以下1つだけ疑問に思った点です。

本当にどんな人材でも育てられるのか?

興味深かったのは、キャストの採用に関してはどんな人でも基本的にはウェルカムであるという話です。本書の出版社紹介でもリッツ・カールトンと対比して次のように述べられています。

昨年、過去最高益を出したディズニーランドでは、9割のスタッフが正社員ではなく、アルバイトでアトラクションを運営しています。
しかし、アルバイトでも最高のサービスを提供し、ディズニーランドは他の遊園地とは異なる、そして不況にも負けないブランド価値をつくりあげていますが、その背景には徹底したディズニーの社員教育システムがあります。
また、人材レベルの高さといえば、リッツカールトンとディズニーが有名ですが、この2社には、
●リッツカールトン:人の「素質」を見極める(=社員のポテンシャル重視)
●ディズニー:どんな人材でも育てることを重視する(=教育重視)
という決定的な差があるのです。どんなにCSを高めようとしても、その前段階の社員教育が成功なくしてCSは成り立ちません。

しかし、やっぱりどんな人でもというのは限界があるという気もするのです。もちろん、ある程度は育成でカバーできるとは思うのですが、素質や適性がある人を採用した方が育成にかかるコストも少なくて済むので、やっぱりそうした人を優先してとると思うんですが、そのあたりはどうなのかなと。


今となってはブランド力もあり、応募者が多いので選抜も比較的しやすいのかなとも思いますが、最初の頃はどうだったんでしょうか。この説明の通り、どんな人材でも育てることを重視するということであれば、最初から一貫しているのかもしれません。その点では、うちの会社の社内大学の仕組み(学歴非重視で自社での教育を重要視)とも近い気がするので、そのあたりはまた機会を見つけて調べてみたいと思います。